選挙について色々考えてみる

 ある程度年齢を重ねると、ずるくなるのか、よく言えば知恵がついてくる。小生の生き
る知恵とは「むやみに約束しない」ということである。故障したパソコンを預かるとき
に「データは救出できますよ」とは言えない。うっかり言おうものなら「貴方はできる
といったではないか、ここに録音もありますよ」などとなった日にはたまったものでは
ない。したがって「データが救出できるかどうかは作業を進めなければわかりません。」
と答えるしかないのである。

 さて、選挙がはじまる。先生方の公約は一応約束ではないものの、これだけのことを
やりますといって票をもらうのだから、当選後には100%はムリとしてもある程度の
成果を期待する。これが60%はおろかほとんどできてない場合がある「少なくとも
県外」とか「雇用・雇用・雇用」の言葉。まったく無理なことを言うべきではない。
 しかしながら、ほんとに信じて票を入れる国民にも責任がある。人をだますことは
いけないが、だまされる方はもっと悪い。よく知ること、そして考えることが大事だ。

「無知は罪である。」という言葉をキモに銘じておくべきだ。知るためには色々な情報
を入手しなければならない。大手マスコミはほとんどが巨大広告代理店の力学に都合の
よいように情報操作されている。また、大衆ウケをねらって、正しいかどうかを別にし
て大きな組織をたたいてよろこんだり、また、映像的に面白ければいいという下品な
動機で番組を構成されることも多々ある。逆にテレビ新聞の情報をいっさいカットした
らどのような情報がネットであふれているか勉強する価値はあるのだ。
 我々は愚かになってはいけない。正しい情報をよく考えることが必要だ。

 中学時代だったろうか、学級委員の選挙があった。通常はだいたい成績が良くて、人か
らも人気と人望のある生徒が選出される。ところが当時一種のいじめかもしれないが、ち
ょっとおっちょこちょいのA君に投票しようと教室の仲間に次々と伝令が伝わったことが
あった。A君にはさすがに荷の重い学級委員、ほんの遊び心でA君を困らせてやろうとい
う悪意である。しかし、このヤミの動きは担任の先生の耳に届いたのだろう。先生は
こう言った。「いいか、学級委員にふさわしい人をちゃんと選ぶんだぞ。」その言葉で
多数派の悪意の気持ちは反省に変わり、結果的に順当な人が選出された。

 「愚かな大衆」とは面白いから横山ノックや青島幸男、タレントでイケメンだから山本太郎
に投票してしまうこと。どのような生き方をしてきたかよく調べもせずにテレビでよく見たから
といって舛添要一に投票してしまうことである。何をしてきたか、なんにもしなかったか
よくよく調べて、正しい候補に票をいれなければならない。

 「いいか、日本にために働く国家観、人の気持ちの分かる人生観を持った立派な議員に
ふさわしい人をちゃんと選ぶんだぞ。」と先生の言葉を借りて訴えたい。

 しかし・・ 該当者がいない場合は本当に悩む。