隠れた旧車ブーム

 米国では車の輸入について25年ルールというものがある。例えば日本の車をすぐには輸入できない。そうはいっても普通の日本車が欲しければ、米国やメキシコ工場生産の車なら問題なく購入できる。しかし、珍しいタイプの車や日本独自の軽自動車などは25年以上前の車種なら輸入・購入できるというルールだ。これで往時の日産GTRなどが高値で取引されている。 軽トラックも大人気である。

 そんな中で日本の旧車の最高峰といえばトヨタ2000GTであろう。フェラーリやランボルギーニなど名だたるスーパーカーはもちろん承知だが、この2000GTの外観は実に官能的である。フロントからリアにつながる曲線は 慎み深く静かに微笑み、それでも溢れるエロチズムを隠しおうせない和服美人。リアのダックテールは童貞少年に魔法をかけて走り去っていくバックショットだ。

 小学生位の時、時折町で見かけたものだ。駐車してあると窓から運転席をのぞき込んだ。見事な飴色の木目ダッシュボード、子供でも「なんて美しいんだ!」と感動していた。鳥は卵から生まれて初めて見たものを母親と認識するという話があるが。2000GTの美しさに圧倒された原体験かもしれない。

 大人になってから、ミュージアムなどで見かけることがあるが、身長が大人になったせいか、意外に小さな車で、車高も低いと感じる。新車当時200万くらいだったという記憶がある。今なら「買えるじゃん」と思うが、貨幣価値がたぶん現在とは一桁違うだろう。

 ミュージアムでは、いつものようにあの美しいダッシュボードが見たくて窓からのぞき込む。手入れが完璧なのだろう、申し分のない美しさ、トヨタというブランドではあるが、基本的にはヤマハ製なのである。ヤマハといえばピアノのトップブランド、木の扱いはピカイチである。

 ハンドル、シフトレバー、メーター、スイッチと舐めるように眺めると、今では見慣れない[C]のノブが付いていた。今の人は知らないかもしれないがこれはチョークレバーである。寒い時期にエンジンがかかりにくい時に、このチョークレバーを引いてガソリンの濃度を増し、起動しやすくするというツマミなのである。

 このチョークを見たとき、「あぁ、やっぱり古いんだな。」と思わされてしまう。見た目どんだけ美人でもお婆ちゃんなんだなと現実を突き付られるわけだ。最近の車と比較すれば、エアコンやシートのヘッドレスト、もちろん衝突防止機能などはない。逆にシガーライターとタバコ用灰皿はしっかり付いている。仮に入手できる経済力があったとしても実際にはノーサンキューなのである。遠くで眺めるだけで十分だ。逆に買ってしまう奴は酔狂かアホか。

 おなじく「いすず117クーペ」も突出した美しさがあった。これを気に入って現在所有している芸能人もいる。イタリアのジウジアーロ氏のデザイン。実は当時この車 少し運転してみたことがある。実家の商売が川口の鋳造関係で、高度経済成長時代、川口の鋳造業も大忙しの良き時代であった。従って羽振りの良い鋳物屋のボンボンが、好きな車を買ってしまうわけだ。その車で実家の工場にやってくる「かっこいいなー」と思いながら、運転してみた。「うわっ!なんだこれは!」あまりのハンドルの重さに十字路のカーブを曲がり切れるかどうかビビるほど怖い思いをした。今では当たり前のパワーステアリングはない。いすずのおそらく鋳鉄シリンダ重量級エンジンをフロントに積んでいるため、ハンドル操作はおそらく女性にはムリだろう。子供だった小生も全力必死でハンドルを切ったわけである。(あれ? 免許は?・・)

 パワーステアリングがなく、ブレーキも倍力装置がなかったりすると、こうした旧車より最新型軽自動車のほうがはるかに快適なのは間違いない。そこで川柳を一句。

 「旧車とは 眺めるだけで 買っちゃダメ」

 とは言え、トヨタ2000GT, マツダ コスモスポーツなどは おそらく100年後も美しいままだろう。この歴史遺産は大切に守って後世に伝えていってほしいものである。