言葉の入れ替えにだまされるな、「リベラル」の意味は

 言葉のいいかえでその言葉の悪いイメージを払拭しようとする試みがある。直接的な日本語を英語カタカナにして本来の意味を薄めてしまう。「クビ切り」「解雇」を「リストラ」と言ったりする。英語の翻訳でもない。「リストラクチャ」は「再構築」という表現である。「変態」と呼ばれた人たちはいつの間にか「ゲイ」や「レズ」と言われたりする。英語の「ゲイ」の本当の意味は「陽気な、楽し気な」という意味である。男社会で堅苦しく息苦しい生活を送ってきた男が、女装し誰にも遠慮することなく人の悪口を言ったところで回りは「そうよねー、分かるわー。」と共感していただければ、「陽気」になって、すなわち抑圧された男としてのあるべき状態から解放されるのである。
 テレビに出てくるそうしたカラフル衣装のタレントは好き放題のコメントを言っても許されてしまうし、面白い。背広ネクタイのお役人風の男がそれを言ったらドン引きだ。

 さて、現在の日本では存在意義があるのかないのか分からない「共産主義」、近年では「危険なヤバい連中」と思われてきた。なぜか日本では「日本共産党」という政党が堂々と活動しているが、欧米では危険な犯罪組織扱いで禁止となっている。おそらくマルクス時代の「共産主義」は人民皆平等で豊かになろうという夢のある未来を想像していたはずだ。言葉の印象も悪くないし少なくても「ヤバい、危険」はなかっただろう。
 
 日米開戦のきっかけについて、最近の研究ではルーズベルト大統領をそそのかしたのは大統領周辺の共産主義者スパイたちで、日米開戦を推し進めたという流れがあるようだ。誰が何の目的で?回答はソ連が日米の国力を低下させるために二国を争わせた。そうすればソ連の東 つまり満州や朝鮮半島あたりの圧力を軽減できて西側のナチスドイツに注力できるというスターリンの陰謀だったとすればスジが通る。

 共産主義とは何なのかといえば、建前としては資本家は労働者を搾取しているというところから始まる。労働者が10万円の仕事をしたのに、資本家は労働者に3万円を払い残りの7万円を搾取している。資本家とは狡猾で悪い奴だ、だから襲い掛かって、集めた財産をすべて奪い取っていいのだ。という主義。ここで奪い取った財産を全労働者に均等に配布すると見せかけて、実は自分ひとり占めするのだ。「せっかく奪い取ったのに、ろくに活動もしてないお前らにどうして分けなきゃならないんだ。」もう、めちゃくちゃである。「善人ぶった強盗集団」といえる。この段階でマルクスもレーニンも「誰?」状態である。

 「共産主義」という名前は捨てても、誰かの財産を奪って独り占めしたいという根源的な欲望を持つ人間はどこにでもいる、とくに西洋社会では多い、西洋ではこれを環境とか多様性とか耳ざわりのいい言葉にかえ今では「リベラル」と呼んでいる。本来の意味は「自由」である。いやらしい言い方をすれば「自分だけが自由に搾取したい」主義なのだ。アラブ社会でもイスラム教という宗教を使いながら、コーランを読めない大衆に対しヨコシマなイスラム法学者が都合のいいように解釈説明する。ハマスなどイスラム武装組織が支配する地域では、学校で子供たちにイスラエルを憎み彼らをせん滅することが最も崇高なことであるという教育をしている。コーランに書いてあるか書いてないかはもはやどうでもいいのである。あちこちでテロを起こし、その都度イランや国連からカネと武器をゲットして、カタールあたりで超裕福なセレブ生活をしている幹部連中。自爆テロの本人に対する同情など皆無だろう。国連でさえ大金が動けば何らかの収入になるため支援をやめない。聞いてるか上川外相。

 「SDGS」や「クジラを取るな」もおかしな話だ。シーシェパードという犯罪組織があり、「クジラは高等動物だから捕獲するな」とあちこちで捕鯨船に暴力行為や政治的活動を行っている。そこにシンパシーを感じる「おバカ」な金持ちが多額の支援をする。それがビジネスモデル。そうなればクジラでなくても、屁理屈がつけば犬でも猫でもなんでもいいのである。

 こういうでたらめはアラブだけのことではない、中国、北朝鮮、韓国も学校で「反日教育」を行っている。どうしてこうも憎まれなくてはいけないのだ。オレが今お前に何かしたとでもいうのか。むしろ反対に今ミサイルを撃ち込んでくるのはお前の方ではないか。

 今、日本はいじめられっ子状態である。からかって、つついて、転ばせて、泣かせて、お金を差し出せば、「今日のところは勘弁してやる」と去っていく、また次の日に道端で会えば、同じことの繰り返し。とりあえず謝罪してもらえれば、今日のところは許すと騙され、本当に謝まってしまった河野洋平。思うつぼでがっちり言質をとられ、いじめはエスカレートする。土下座してしまった鳩山由紀夫。これだって「自分だけが自由に搾取したい」主義で無限にたかり続けたいのだ。

 「いい加減にしないと、今度はお前たちをボコボコにしたるで!」と逆にスゴんでみてほしいものだ。だがこれを言った瞬間 なまじ圧倒的な国力とまじめな国民性の日本だからこそ、世界は凍り付くかもしれない。必ず米国は「やめとけ!、絶対にやるな!」と言うのだ。

 ことほどに世界は邪悪な連中が跋扈しているのである。我が国などは奇跡に近い平和ボケ国家かもしれないが、名前を「リベラル」と変えた「共産主義者」、つまり「善人ぶった強盗集団」が政界、教育界、マスコミ界に浸透しているのである。あるいはなにかのきっかけで普通の政治家が「自分だけが自由に搾取したい」主義に目覚めてしまったりする。
 「リベラル」と「共産主義」は違うものであるが「自分だけが自由に搾取したい」という意味では同根なのである。

 令和のレッド・パージがいよいよ必要になってきたのではないか。