人生最後のスピーカ製作か その2

 さて、スピーカの説明はそれくらいにして、先に老後といったが、もう何年も段ボール箱のままキャビネット内にしまい込んでいた。いつか老後の楽しみにコイツのためにとびきりの箱を作ってやろうと思っていた。ノートに案を書いては消しを何度か繰り返していたが、何年たっても決定的な箱の案がまとまらない。そうこうしているうちに齢68を過ぎ、あれ待てよ、もしかして一般サラリーマンなら完全なアフター定年であることに気が付いた。

 もしかしてすでに我が身は老後なのではないかと思うに至る。さて、そう考えたときに二つの案が思いに至った。ひとつは前述のようにこいつにとびきりの箱をおごってやりたいという思いと、現実にスピーカがなくて音楽が聴けない不便を感じているわけでもない。現在使用しているものでも十分ではある。今から箱を作るのも大変だし、この際一足早い終活よろしくヤフオクで売り払って整理しようか。という二択がいったり来たりの悶々とした時間を一年以上費やしたのである。とびきりの箱を作って構築すれば、とんでもなくすばらしいサウンドが楽しめる・・という保証はない。前にも言ったが、測定器も無響室もない、ちょっと音にうるさい素人があてずっぽうで作る箱である。どんな音が出るかは作ってみないと分からない。高校時代にふざけた同級生田中君(あっ、言っちゃった)がいた。思春期の男子高校生が日々何を考えているかは想像できよう。「おれは彼女とはしてみたい。だが子供は欲しくない。」たしかに責任を取るべき生活力のない高校生なりの考え方であろう。しかしふざけているのは次の言葉である。「しかし、子供ができたら、どんな顔か見てみたい。」女子のドン引きまちがいなし。しかし今回のスピーカの件はちょっとこれに似ている。作ってみてどんな音が出るのか見て(聴いて)みたいのである。

 おそらく小生としては人生最後のスピーカ箱製作だろう。死ぬ間際にあの時アレを作って聞いてみたかったという後悔をするのではないかという思いに至る。やらずに後悔するよりやって結果を受け入れてみたいという思いが大きくなる。何故なら、すでにスピーカユニットはあるのだし。若干の材料代を購入する程度で、特別多額の出費が生じるわけでもない。決めた。「やるべし!」ということになった。

 しかしそうなってからがまた、大変だ。実は小生の同級生に木型屋のS君がいた。もちろん木工はプロなのだから、これは心強いと思っていたところ、彼も年齢のためか、仕事を店じまいするとのこと、いよいよ八方塞がりか・・こうなったら、昔取った蟻塚いや杵柄、自分でやるしかないと追い込まざるをえない。先に述べたように、たかが箱を作るのにああでもないこうでもないと何年も考えているといったが、当方の作りたい箱が単なるボックスではないということである。


これがリアビュー
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背面の2本の角材は補強の意味もあるが、スピーカターミナルをつけた場合、背面を下にして置いたときにターミナルに重量がかかって破壊しないためのゲタという目的である。